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福岡高等裁判所 昭和61年(う)180号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年に処する。

押収してある文化包丁一丁(当庁昭和六一年押第二八号の1)、同茶色ガムテープ一個(同号の3)及び白色ガムテープ一個(同号の4)は被害者社会福祉法人若宮会わかみや保育園園長下川弘に還付する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人田中義信提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官林信次郎提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点 訴訟手続の法令違反の主張について〈省略〉

控訴趣意第二点 事実誤認の主張について〈省略〉

控訴趣意第三点 量刑不当の主張について

所論は要するに、被告人を懲役七年に処した原判決の量刑は重きに失するので破棄のうえ更に寛大な判決を賜りたい、というのである。

そこで、記録及び証拠を精査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討するに、これらに現われた犯行の動機、態様、罪質、被告人の年齢、性格、経歴、前科等、とりわけ、被告人は、昭和五四年二月二三日住居侵入罪、強盗致傷罪、窃盗罪により懲役七年に処せられ、服役して同六〇年一〇月三〇日仮出獄を許され出所し、渡鹿にある熊本自営会に宿泊し、職を探して毎日出歩いていたが、雇用して貰えず、不安となり、出所の三日後に現金、ビデオデッキなどを盗み(原判示第一の別紙番号1の事実)、その後も懸命に職を探し求めたが、年齢の制限があつたり、自動車免許証がないため就職できず、刑務所を出所した際支給された作業賞与金六万円も四万円となりこの先の生活費を賄うあてもないまま同年一一月六日自営会を出奔して熊本市内で現金や自動車等を盗み(原判示第一の別紙番号2ないし5の事実)、その後同月八日八代市にきて自動車、自転車、現金及びカメラなどを盗み(原判示第一の別紙番号6、7の事実)、更に八代第一高等学校に侵入し、職員室で現金などを窃取し、さらに物色中を警察官に発見され、警察官から「警察の者だ、抵抗するな」と言われ、逮捕されそうになつたのでこれを免れるために、所携の包丁を警察官に突き出し、学校内にあつた優勝旗立て用三脚で警察官を殴打し、警察官に傷害を負わせ(原判示第二事実)、その時正当の理由がないのに、文化包丁を携帯していた(原判示第三事実)という事案であるが、被告人は前刑を服役し仮出獄により出所して僅か二日後に犯行を始めたもので、被告人には前記前科の外に昭和三〇年から四七年までの間に窃盗罪で六回懲役刑に処せられて服役した前科があり、財産犯の常習性が顕著であること、本件第二の犯行は包丁という凶器を携帯しての犯行であること、第一の各犯行の被害合計は現金五万円、ビデオデッキなど物品時価合計一三八万余円と多額であり、被害弁償がなされていないことなどに鑑みると、被告人の刑責は重大といわなければならず、被告人を懲役七年に処した原判決の量刑は首肯できないではない。しかしながら、原判示第二の犯行は包丁という凶器を携帯し逮捕を免れるためにこれを警察官に突き出したとはいえ、警察官において暗闇の中でこれを避けえたことに照らすと、被告人が包丁で積極的に警察官を傷害しようとしていたとはいえないこと、本件は逮捕を免れるための受け身の形態といえる暴行、脅迫であり、当初から強盗を敢行しようと計画したものでもなければ、血路を開くような積極的攻撃手段に出たものでもないこと、被害者の傷害も比較的軽微であること、窃盗におよんだ動機に同情の余地がないとはいえないこと、窃盗の被害品の大半が還付されていることなどを考慮するときは被告人に対しては酌量減軽するのが相当と考えられ、原判決の被告人に対する懲役七年の刑は重きにすぎるといわねばならない。論旨は理由がある。

(なお、原判決は主文において、「押収してある文化包丁一丁(昭和六一年押第一号の1)は被害者下川弘に、押収してあるかなづち一個(同号の7)は被害者南保に、押収してある茶色ガムテープ一個(同号の3)及び白色ガムテープ一個(同号の4)は被害者下川弘又は南保にそれぞれ還付する。」として、刑訴法三四七条一項により押収物の被害者還付を言い渡しているが、原審において取り調べた証拠及び当審における事実取調べの結果によれば、右文化包丁一丁は逮捕の際被告人から押収されたものであり、右かなづち一個、ガムテープ二個は逮捕の翌日逮捕場所である八代第一高等学校の校長室に被告人が遺留したもので同高等学校副校長黒田等が任意提出し領置されたものであり、いずれも原審において押収されたものであるが、右文化包丁一丁及びガムテープ二個は原判示第二の別紙番号7記載の窃盗の犯行において被告人が窃取した社会福祉法人若宮わかみや保育園園長下川弘管理のものであること、右かなづち一個は罪となるべき事実として認定されていない被告人の窃取行為によつて被告人が所持していた物とうかがわれるものであり、罪となるべき事実に関する賍物でその被害者に還付すべき理由が明らかなものとはいえないことが認められる。してみると、原判決がかなづち一個(原審昭和六一年押第一号の7)を被害者南保に、茶色ガムテープ一個(同号の3)及び白色ガムテープ(同号の4)を被害者下川弘又は南保にそれぞれ還付する旨言い渡している部分は、刑訴法三四七条一項の解釈、適用を誤つたというべきである。しかしながら、押収賍物の被害者還付には刑罰的色彩が全くないうえ、手続的にも裁判所は被告事件の終結を待たずに決定で賍物を還付することもできるとされているし、これが有罪判決の主文において言い渡される場合であつても、主文に掲げられるその余の裁判自体と必ずしも内容的な関連があるわけではない付随処分であり、これらの点からすると、終局判決に対する上訴の申立をうけた上級審は、被害者還付の言渡しの点の判断の前に本案部分に対する上訴申立の理由の有無の判断をなすのが相当と考えられるところ、本件においては前記のように本案部分に対する量刑不当の論旨は理由があるのであるから、原判決が被害者還付の言渡しを誤つた違法をもつて原判決の破棄の理由とはしない。)

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

原判決が認定した事実に法令を適用すると、被告人の判示第一別紙番号1ないし7の各所為はいずれも刑法二三五条に、判示第二の所為のうち公務執行妨害の点は同法九五条一項に、強盗致傷の点は同法二四〇条前段(二三八条)に、判示第三の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条三号、二二条にそれぞれ該当するが、判示第二の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い強盗致傷罪の刑で処断することとし、各所定刑中右強盗致傷罪について有期懲役刑、判示第三の罪について懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い右強盗致傷罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお犯情を考慮し同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、押収してある文化包丁一丁(当庁昭和六一年押第二八号の1)、同茶色ガムテープ一個(同号の3)、白色ガムテープ一個(同号の4)は判示第一の別紙番号7の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑訴法三四七条一項により被害者社会福祉法人若宮会わかみや保育園園長下川弘に還付し、原審及び当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉田治正 裁判官坂井宰 裁判官陶山博生)

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